麓からは見えない頂上

ライトゲーマーがひとりごつだけ。

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はじめまして、ロクと申します。

ジュカイン好きのポケモンオタクで、他に好きなゲームはダークソウル、ハースストーン、シャドウバースなどです。山にも登ったりします。

 

このブログではその辺のゲームについてなんやかんや書いていこうかなと思っています。浪人中なのであんまりゲームできませんが。

 

ちなみに僕は文章を書くのは好きですが得意ではありません。構築記事については簡潔に纏められるよう努力するので、それだけでも読んでいただければ嬉しいです。

 

以下構築記事リンク(順次追加予定)

追加できるといいなあ(遠い目)

ブログタイトル

くさいブログタイトルについての弁明です。

タイトルには登山の時にいつも思うことを入れてみました。麓の方から本当の頂上はなかなか見えないんですよね。登ってる時に「お、もうすぐ頂上やん」なんて思うとだいたいフェイク。少しだけ傾斜が緩やかになってまた登りが続いたりします。こんなことが1つの山で2、3回はある。
まあ「上には上がある(いる)」「辿り着いてもいない頂上を見て慢心してはいけない」みたいなニュアンスを込めたと思っていただければ。
 
というのは9割くらい建前で、なんか山関係のタイトル付けたいと思ってた時、僕のハンドルネームの「ロク」と「麓」をかけられることに気付いたのでそれっぽいのを適当に考えました。これ思いついた時は正直天才だと思いましたね。

半生の反省

ポエムというかエッセイというか。なんか知らんけど語りかける文調になりました。完全に自分向けの文なので、はたから見るとうざいかもしれません。常態。

 

 

僕は中3と高3の受験期に共通してほとんど勉強しなかった時期があったんだけど、アレはなんだったんだろうなあと考えるうちにいろいろ思うところが出てきた。

共通して、とはいえ、中3と高3で原因はかなり違ったような気がする。中3のは疲れ、傲り、目的の不在と、妥協。高3のは、恐怖。

 

まず中3。

疲れってのは単純で、部活と勉強に追われて、もうただただ疲れてた。朝5時に起きて部活前に勉強して、部活行って、また勉強して、そっから夜10時まで塾、みたいな生活。自分の人生じゃないような気がしてた。時計に動かされてるような気分。そんな時、同じ塾に通ってた奴に、宿題は「忘れましたw」みたいな感じで、授業にも遅れてくる奴がいて。くそまじめだった僕には信じられない話で、正直見下してたと思う。でも、気楽そうだった。少なくとも僕にはそう見えた。見えてしまった。そこから堕ちるのは速かった。宿題をまともにこなさなくなり、遅刻ばかりになった。サボりも増えた。結局、塾の先生のお説教をもらっても、そんな状態が受験直前まで続いた。もちろん落ちた。うろ覚えだけど、僕が羨んだ適当なそいつは、なんだかんだで受験に向けて真面目に取り組んで、第一志望に受かっていたと思う。なんというか、生きるのが上手いなあと思う。嫌味でなく。羨ましい。

傲り。秋くらいの模試で、めちゃくちゃ良い結果が出た。SAPIXの模試で、3科1位、5科6位。受験者数は少ないけど、一応全国。そりゃもう調子乗りますわな。しかもその模試があったのが、上で書いたサボりが始まった時期で。「なんだ、勉強しなくてもやれんじゃん。」って。それまでの蓄積のおかげだった、なんて、当たり前のはずなんだけど、全く思い当たらず、当時は自分が稀代の天才なんだと思ってた。主人公感に溢れてたね。

目的の不在。僕がまだ幼稚園にも入っていなかった頃、兄が公文を始めると同時に、僕も始めることに。最初は鉛筆で真っ直ぐ線を引くところからで、次に数字の順に線を結んで、やがて漢字を覚え、九九を覚え…、そんな感じ。覚えた漢字を自慢すると友達は「すげー!」って言ってくれたし、先生も親も褒めてくれた。同じように漢字を覚えた奴と張り合ったりもしてた。その頃から、「自分は周りより頭が良い」っていう自己意識が芽生えてたんだと思う。今となっては、頭の良さとおべんきょうの出来は全然別の話だって分かるんだけどね。とにかく、そんな優越感が気持ち良かった。それがモチベーションだった。やがて頭でっかちの幼稚園児は、そのままに小学校の最高学年になった。漠然と、地元の中学に進むんだろうなと考えていたけど、友人関係のいざこざと、自分の能力を示したい、という思いとから、受験を決意。公文をやめて塾に行かせてもらい、受験勉強を始めた。この時はかなり頑張った記憶があるけど、結果は惨敗。思えば、これが人生で初のアイデンティティの崩壊だった。もうちょっとマシな方向に再構築出来れば良かったんだけど、結局、お勉強が出来るというアイデンティティを再び目指し始めた。落ちた中高一貫の学校に対して、「あの高校よりもっといい高校に入って、俺を取らなかったことを後悔させてやる。」みたいな感じで。けれど、なんやかんやで中3になると、そんな悔しさはほとんど忘れているワケで。勉強が出来る、というアイデンティティ固執してたのは相変わらずで、「一番の高校入ったらすごくね?俺すごくね?」っていうモチベーションはあったんだけど、その高校でやりたいことがあるワケでもなく、その高校じゃなきゃいけない理由もなかった。ただ気持ち良くなりたかっただけ。そしたらもう、ね、例のサボり期。「そろそろ頑張らないとまずいな。」と思うことはあったんだけど、「あれ?なんで頑張らなきゃいけないんだっけ?」って。「そりゃ受かったら気持ちいいだろうけど、それってそんなに頑張るようなことか?」って。どんどん堕ちていった。なんやかんやあって、小6で落ちた中高一貫の学校に行くことになったのは面白いところ。

最後、妥協。これは上とかなり被ってるんだけど、「別に高校行ってやりたいことが特に無いんだったら、どこ行っても別に良くね?」って感じ。それで第二志望とかの学校の資料見たらさ、すごい楽しそうなの。どこもそう。そりゃ第一志望が一番魅力的だけど、でもどこも楽しそうだなって。自分の弱さを人のせいにするつもりは毛頭無いけど、これは周りの言葉の影響もあったように思う。「第一志望に受からなくても、そこに向けて頑張ったことに意義がある。」とか、「高校入ってから何するかの方が大事。」とか、そんなアドバイスは第一志望に落ちて絶望してる奴に向けるべきであって、受験前の奴に浴びせちゃ駄目だね。絶対駄目。

ここまでが中3。思春期らしい心の不安定さが見える。

 

次に、高3。

上で書いた恐怖っていうのは、ここまで散々挙げた、「勉強が出来る」っていうアイデンティティの崩壊への恐怖。第一志望に落ちて地方の公立に流れた僕は、受験勉強から解放されて、ほとんど勉強しなくなった。ほとんど勉強しなくても、この学校なら1位になれるだろ、と高を括っていた。最初の中間。40人のクラスで、11位。はあ?って感じ。まあ、生物とか地学とか、それから倫理とか、受験で使わない科目あるし、まあいいや。そんな言い訳を、自分に向けてしていた気がする。SAPIXの模試で1位を取ったこの俺が、なんて悔しさを、忘れようとするように。まともな人なら、その次の試験はちゃんと勉強して、ちゃんと結果を出そうと思うんだろう。でも僕は、しなかった。それは怠けの側面が強かったけど、今思えば、あのアイデンティティの崩壊を2度経験して、もう怖くなってた、っていうのもあったのかもしれない。本気で勉強して、それでも負けるのが嫌だった。いわば、「勉強が出来る」人であるための不勉強。それはやはり受験期まで引きずった。落ちた時のことを考えるのが怖くて、ただただ現実逃避してた。このブログの去年の記事を見てもらえば分かるんだけど、「勉強しなくても受かったww」感を出そうとしてた。それで気持ち良くなりたかったっていうのも嘘ではないんだろうけど、実際は、勉強しないことで、自分の能力が完璧に否定されるのを防いでた、って側面もあったように思う。結局、第一志望は不合格。かすりもせず。受験前はどこでも受かったところに行くつもりだったんだけど、落ちて、どうしても納得できなくて、親に頼んで浪人させてもらった。ガキの頃から変わっちゃいないんだ。

高3期は、小さい頃からずっと抱えてた弱さが、溢れるように表出してしまった感じ。

 

 

 

それで今に至る。馬鹿な奴だなあとは思うけど、自分はそういう馬鹿なんだと認めていくしかない。まず認めて、それからどうにか折り合いを付けていく。たぶん、今から変えようと思って変えられるものでもないし。

とりあえず、この1年間は300日/330日くらいの割合で1日10時間以上勉強してるので、弱くて馬鹿な自分の扱い方には少しだけ長けたような気がする。

この人生とかいうゲーム、設計があまりに不親切だよね。自機の操縦を覚えるだけで全体の2割くらい使うっておかしいでしょ。チュートリアルくらい寄越せ。あとセーブとロードも。

残りのパートはもう少し上手く生きていきたい。

 

国立2次の前に、どうしてもけりをつけておきたかった。

 

 

 

 

 

ここまでクソみたいな文章を読んでくれた方、ありがとうございます。あなたは相当忍耐強い方でしょう。

国立二次

泣いても笑ってもあと20日ですが

 

抜いても抜かなくてもあと20日なワケで

 

 

じゃあ20回抜いた方が楽しくない?

 

 

 

そんな心境。センターはめっちゃ良かった。

当ブログはTwitterに書きたくもないけど思いついてしまってどうしようもないネタを書き付けるだけの場所になりました。

世紀の大発見

僕が「お」って発音するじゃないですか。

 

 

この時点で僕が「おちんちん」「おっぱい」「おまんこ」のいずれかを発することは確定するワケですが。

 

 

僕の「お」だけを聞いた人間からすると、そのいずれが発されるのかは全くわからない。

 

故に三者はそのいずれかの存在が確定していながら、僕以外の人間からはいずれが存在しているのかわからない。

 

1つの空間、1つの時間に三者が並立した状態と言えます。

 

 

 

 

 

 

これをシュレーディンガーの性器と呼びたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

性器の大発見 でした。

 

 

 

 

 

 

2度目のセンター試験が近いですねえ

日記

浪人する意味、決意

 

3/28付けの下書き(タイトルだけ)が残ってたので消化したい。今書いて意味あるのかってのはまあアレ。

 

まず僕は中学受験も高校受験も第一志望落ちてて、ここで踏ん張って成功経験を獲得しておかないとこの先を生きていける気がしなかったってのが1つ。

合格発表から1週間くらいは"現役でその大学に行く"夢が一生叶わなくなった絶望に打ちひしがれてたけど、"一浪でその大学に行く"チャンスも今年だけだと思ったのが1つ。

後はもう単純にその大学に行きたい。どうしても行きたい。そこで勉強したいしそこで遊びたいしそこで勉強したい。これもまた1つ。

 

去年は受かったらいいなあくらいの実力だったけど、今年は受かってしかるべきと言えるだけの実力を付けていく。

 

そんな感じ。

 

 

 

 

 

ついでに、高校受験でそこそこの私立蹴って地方公立に進んだ理由についても、忘れないようにメモしたい。

 

前提として、第一志望は国立だった。そこに落ちて、進学先候補に残った私立と地方公立を比べたとき、公立の方が僕の望んでた国立の校風に近いと思ったこと。これが一番大きい。

その私立のゴリゴリの体育会系のノリもキツそうだった。あとギリギリになってやっぱり男子校ってヤバくね?ってなったりした。

くだらないことだけど、国立落ちたから受験終わり、受かってた私立に進もうってのが気に食わなかった。負けて終わりたくなかった。

ここまでは全部記憶にちゃんとある話。あと1つは後付けで、今(浪人中)回顧して思うことだけど、多分勉強にウンザリしてた。当時は特にやりたいこともなく、勉強はそんなに頑張らずにそこそこの結果が出るから気持ちいい、くらいのモチベーションだった。私立の受験特化の雰囲気が好きになれなかった、行く気になれなかったんだと思う。受験特化の学校じゃなくても、行きたい大学には行けるだろうくらいの驕りもあった。

結局、自由を掲げたのんびりした校風の中で、やはりそんなに頑張らなくてもそこそこの結果が出る環境で、僕は自由に殺された。倫理の教諭が入学式で語った"自由の刑"なる大仰な言葉の真意は、浪人して2月ほどで漸く知った。

 

 

 

 

 

 

 

会心のポエム。

推敲せず一気に書き上げたので、"頭がおかしくなって日本語すら怪しい浪人"感出てるんじゃないですかね。

ところで"推敲"の語源のおっさん、"推す"と"敲く"で散々迷った挙句に科挙落ちたってマジ?推敲ってやっぱゴミだわ

「思い付く」英語表現

浪人生っぽいチラ裏記事。大学受験レベル。

現在形だと気持ち悪かったので過去形。

 

I came up with a good idea.

I hit upon a good idea.

 

A good idea came to mind.

A good idea leaped to mind.*

A good idea sprang to mind.*

 

A good idea came into my mind.

A good idea crossed my mind.**

A good idea entered my mind.**

 

A good idea hit me.

A good idea occurred to me.

 

*の2つは辞書によって載ってたり載ってなかったり。

**の2つは

The thought never crossed [entered] my mind that he wasn't telling the truth.

みたいな否定形が多いらしい。

 

正誤問題頻出なので整理しておきたい。

自動詞と他動詞の整理もついでに出来るのが良き。

 

 

 

おまけ

It's six of one and half a dozen of the other.

それは五十歩百歩だ。